さまよってる時に

さまよえる人たち,ジェイムズ・ジョイス

作業をしています。

本棚のすみに何年も開かずにあったジェイムズ・ジョイスの戯曲。

今さまよってる私に、このタイトルの背表紙がぼんやりと光って見えて、手に取ると、

なんでまたこんなすごいタイミングでこの本を開くのかな。

本のメッセージ性すごい、こわい!

 

そしてさらに怖いことは、この本面白くて、続きが気になって、困る。

ああ、新しい秩序の創造を阻む危険は、本!

カポーティが読めない

夜の樹,カポーティ,トルーマン・カポーティ

何度読んでも読み進められない本がある。

 

トルーマン・カポーティ短編集「夜の樹」。

 

2015年から何度も外に持ち出しては読もうと試みているが、何度も挫折してしまう。

 

カポーティの文章はずっしりと心に重く景色を残す。

カポーティの描く世界は湿度が高くて不快な匂いがする。

 

いやあな音と匂いと湿度の高い不快な世界がじっとり心に沁みついて、

全部読めてはいないのに、

うっかりセーターについてしまって取れなくなったシミのようにいつまでも心の隅に沁みついて離れない。嫌だけど、嫌だから、そのシミの事が気になって仕方がない。

 

そういうわけで全然読み進められないカポーティ。

 

写真はちょうど1年前。

この時も結局、挫折した。

苦くて濃いビールで脳をぼんやりさせて入れてしまおうと思ったけど、失敗した。

 

カポーティは強い。

 

そして今日、

ちょうどカポーティについて考える機会があって、よし!と思い本棚に手を伸ばすと、

ない。

絶対にあるはずのカポーティが本棚にない。

 

いつのまにか姿を消していた、カポーティ。

それもまたカポーティの世界の女の人っぽいな、と思う。読めてないけど。

ヨーダとフォースとフーコーと

“ジェダイはフォースを知識と防御に使う”“攻撃ではない”

-「スター・ウォーズ:エピソード5/帝国の逆襲」

監獄の誕生,ミシェル・フーコー,フーコー,新潮社

去年買った一番嬉しかった本、ミシェル・フーコー「監獄の誕生」。

 

「監獄についての本を読むなんて、監獄を作るつもりなの?」そう思われるかもしれない。

 

そうじゃない。

監獄を作らせないために、私たちの魂を誰かにコントロールされないために、監獄を知る必要がある。

 

フーコーは同性愛者だった。

現代では同性愛者の人だって普通にドラマのキャラクターに出てくるような社会になったけれど、

過去ヨーロッパでは同性を愛することは犯罪ですらあった時代もあった。

 

監獄は身体を痛めつける所から始まり、次第に精神をコントロールする場所へと進化した。

誰かの手によって精神を操作されることは自らの魂を奪われることだ。

 

監獄は施設だけではない、

誰かが誰かを監視し、見えない力で人々の動きをコントロールする目には見えない仕組みのことでもあるのだ。

 

大きな力で人々の魂を奪いコントロールする監獄はいつでも、どこにでも出来得る。

 

そうならないために、

誰にも自分の魂を奪われないために、

監獄の誕生に気づき、防ぐこと、そのために私たちは相手を深く知る必要があるのだ。

 

ジェダイとはフォースを知識と防御のために使う人。

フォース(力)は知識と防御のためにある。

 

フォースを鍛えてジェダイになりたい!

まずは本読もう。

Worlds end

“自分を物語のように話せば、それもそんなに悪いことではなくなる”

-「灯台守の話」ジャネット・ウィンターソン

灯台守の話,ジャネット・ウィンターソン,白水社

私が今読んでいる小説は3冊。

1冊目はある女の人が世の中の男に飽き飽きして世を捨て修道院に入ることに決め、

2冊目はある男の人が全てを失い火星に行ってそこでも何度も何度も記憶を失い、

3冊目はある女の子が母親と家を失いみなしごとなる、所から始まる。

 

物語の始まりは終わり。

亡くしたり、無くなったり、手放したり、0から、いやマイナスから物語は始まる。

0もマイナスもない物語はない。

物語はいつも終わりから始まるのだ。

 

0から始まった物語はいつか100になり、

100から始まった物語はいずれ0やマイナスに向かう。

物語には0やマイナスは欠かせないのだ。

 

私は来月30才になる。

私の20代をかけてきたと言っても過言ではないことを一旦終わりにした。

今は、0か、マイナスになった気分だ。

 

でも、物語は終わりから始まる。

終わりは物語の始まりなんだ。

 

ある女の人は修道院に向かう列車の中で理想の「目」をした男性に出会い冒険の旅が始まり、

ある男の人は何度も何度も記憶を奪われても何度でも取り返そうと諦めず戦い続け、

ある女の子は灯台での灯台守見習いとしての生活が始まる。

 

きっと、私の今も、そんなに悪いことでもないのかな。

ある世界の終わりは、新しい世界への入り口、そう信じてみる。

 

 

“僕らはきっと試されてる どれくらいの強さで 明日を信じていけるのかを... 多分 そうだよ”

-「Worlds end」Mr.Children

お守り

出かける時、本を持たないと落ち着かない。

今日のお供は夏子と姜尚美さんの「京都の中華」。

potzkun,京都の中華,夏子の冒険,三島由紀夫,姜尚美

正直、持って出かけたからと言って必ず読むわけではない。

持っていないと不安で、持っていると安心する。

 

持っていないからと言って悪いことが起きるわけじゃないけど、

肌身離さず持っていたい「お守り」のような存在だ。

 

本は(気持ち的に)私を守ってくれ、でも、こんなふうにボロボロになってしまう。

 

そんな私にぴったりの袋に高崎のレベルブックスさんで出会った。

ちょうど展示をされていたイラストレーターPotzkunさんの布の巾着袋。

 

一般的な本のサイズならぴったり入る。まるで本のための袋のようにぴったり。

potzkun,ジョルジュバタイユ,二見書房,伊東守男

そういえば御守りの袋もこんな形の袋だったことに、今気づいた。

 

布の袋の内側に文字の書かれた紙と木の板が入っていて、上をキュッと紐で縛ってある。

 

本を入れた巾着袋は見た目も中身も「お守り」だ。

気分によって中身を入れ替えることが出来る日替わりの自分だけのお守りだ。

 

私がこの袋をとっても気に入っているのにはもうひとつ理由がある。

私にとってのもうひとつの心の「お守り」。

倫理用語集,山川出版社,最新倫理資料集,第一学習社

例によってまたボロボロ。

理由はもちろんずっと持ち歩いていただからだ。

しかも高校時代、自転車のカゴの中で揺られ、時には雨が染み込み、それでも毎日毎日。

 

哲学者たちの「生きること」への探求は今でも私の心のお守り。

 

不安になったら今でも倫理用語集を開く。

パッと開いたところを読むと、なんだか先人から生きるヒントをもらえる気がする。

もっと気になったら資料集も開く。

多分これから一生このセットで本棚に並ぶんだろう。

 

本を入れて運ぶ袋だったらなんでもいいわけじゃない。

“PHILOSOPHY”を読む女の子の袋、この袋だから良い。

今日を一緒に過ごして欲しい本を選んで、袋に入れる。

紐をキュッと結んだら、何よりも心強い「お守り」の完成です。

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